MARUGOTO REPORT 農業まるごとレポート

ひとまとめにはできない「東京の農業」のなかの1つの形(練馬区・加藤農園)

地域に愛される加藤農園

ほんのりとイチゴの香りが漂うハウス。一段と冷え込む東京で小さな春を感じました。周囲を住宅に囲まれた環境でイチゴと野菜の栽培を行う加藤農園は、東京都練馬区に所在しています。イチゴの栽培は今年で4年。取材当日も直売のイチゴは20分で完売するほどの人気ぶり。地域の人々に愛される農園です。

加藤農園は加藤博久さんが経営する練馬で200年続く農家です。23区の一つである練馬区で農業をすることについて「都心からもアクセスしやすく、消費者との距離も近い恵まれた環境で農業ができている。だからこそ、この地域の魅力や価値を高めたい」と博久さんは話していました。今回は、そんな加藤農園の取り組みについて紹介します。

農園の周辺には住宅が多くあります。

イチゴ栽培のきっかけ

現在、この農園でメインの作物として栽培されるイチゴの栽培を始めたのは4年前。博久さんが農業を始めたきっかけは親の病気でした。それまでは実家が農家ということも忘れていたそうですが、生産緑地である畑を守るため、農業に関わることになりました。その後、埼玉県の研修先で農業について学び、1・2年後には経営も考えるようになったそうです。また、おばあ様の「国から預かっている土地だから稼いで税金を払え」という言葉に背中を押され、黒字化をして続けていくことを決めたそうです。初めは、少量多品種で野菜を栽培していたのですが、非効率で消費者からも特に評価されることもなかったので、考えた末、イチゴ栽培を始められたそうです。農家はファミリービジネスのため、美味しくないイチゴを作ってしまうと孫の代までそれを語り継がれてしまい、家名を汚すようなことになっては先祖に申し訳ないという気持ちもあり、よりおいしいイチゴづくりに日々励んでいます。

おいしいイチゴを作るために

おいしいイチゴと聞いて、どのようなイチゴをイメージしますか?多くの人が大きくて形の整った赤いイチゴを想像すると思います。でも実は少し違うのです。イチゴは糖分が多いと、光沢が出る性質を持ちます。また、糖分は下にいくため、先端部分が膨らんで、少しいびつな形になっているイチゴが甘くておいしいそうです。

こうしたおいしいイチゴ作りに欠かせない知識を得るため、博久さんは勉強をされています。東京は消費地に近いメリットがある一方で、農家が少なく、その規模も小さいため農家間の繋がりが薄いというデメリットがあります。そのため、埼玉県の栽培研究会に参加し、知識を深めているそうです。同じ関東でも埼玉や栃木、群馬といった農業の盛んな地域と比べると東京は農家同士の情報交換をしにくいと考えられ、東京でのイチゴ栽培には隠れた苦労があるのだと分かります。

ハウス内で収穫されたイチゴ。

東京で農業をするとは

タイトルにあるように東京の農業には決まった形がありませんが、東京都練馬区で農業をしている加藤農園のスタイルには、2つの特色があるように感じました。それは、「産業としての農業」と「地域社会のなかの産業としての農業」という特色です。

①産業としての農業

前述したとおり、練馬で農業を行うと知識や情報の不足というデメリットはありますが、固定観念に縛られず自由な形で農業をすることが出来るメリットがあります。地域の直売所に野菜を卸す、農業体験を提供する、近所の飲食店に野菜を卸すなど、その形は様々です。博久さんご自身もこうして自由な形で農業をすることができることをプラスに捉えています。

東京のお店と協力して作ったいちごのバウムクーヘン。

加藤農園では農園の野菜や果実を使った商品を開発し、それを多くの人に食べてもらう「6次産業化」を行っています。実際に、都内の菓子製造会社と協力し、加藤農園のイチゴを使用したバウムクーヘンを6次産業化した商品として販売しています。この6次産業化をする上で、農家だけが関わるのではなく、周りを巻き込んで一緒に取り組むことで、それぞれの負担が減らしています。そうすることで、商品の生産がストップすることを防いでいます。加藤農園が6次産業化をするメリットとして、都内に農園あるため、協力会社やお客さんも多くおり、6次産業化しやすい環境が比較的整っているということが挙げられます。こうして多くの人々の協力により作られた商品は加藤農園内で買うことができます。また、バウムクーヘン以外にもオリーブのお茶や、イチゴの酵素など、あまり見かけない加藤農園ならではの商品もあるので、気になる方はぜひ加藤農園に足を運んでみてください。

②地域社会のなかの産業としての農業

加藤農園の特徴の一つとして住宅地の中にあるため、地域の人との距離が非常に近いということが挙げられます。特に仕事をする場としての加藤農園は興味深いです。この農園では博久さん以外に13人の従業員がおり、そのうち12人が子供を持つ近所のお母さんたちです。練馬には仕事をする場が多くありますが、子供を持つお母さんたちが短時間で働ける職場は少ないそうです。加藤農園の作業は、週に数回、1日3時間ほどで、子供の体調が悪ければ休んでも良いといった柔軟な働き方が可能であるため、従業員に喜ばれているそうです。もちろん、小さな経営体だからこそ実現出来ることなのかもしれませんが、地域に密着した産業である農業において、地域の人々との接点を増やすことは双方にとってメリットがあると考えられます。

農業は農作物を生産する産業としての役割が大きいと感じてしまうこともあります。しかし、農業は人々の暮らしに密着したものであり、柔軟性に富んだものです。かつては、人々は、日が出ては田畑を耕し、日が沈んだら休むという暮らしをし、集落で助け合って作物を栽培していたことからもそのことは理解することができると思います。また、現代の都市農業においても景観創出、食育・教育、防災など様々な機能があると言われており、農業は多面的機能を持ち合わせているとわかります。

これは加藤農園においても同様のことが言えます。そして、こうした農業の多面的機能を活かすことが、加藤農園の成長につながると感じます。そして、農園が成長することで、「地元にはおいしいイチゴ農園がある」と地域の人が、他の地域の人にも自慢できるようになり、それが博久さんのおっしゃっる「地域の魅力や価値を高める」ことにも繋がるのだと思います。

東京の農業が何かと聞かれるとはっきりとは答えられませんが、東京の練馬に農園があることを活かして農業を行う加藤農園のスタイルは、模索や変化を続ける東京の農業の形の一つと言えるのではないでしょうか。

いちごの酵素を使ったピューレ
少量栽培しているオリーブで作ったお茶
先進的な制御を取り入れた大きなハウス
これから生産ピークに向かっていきます

加藤農園 プロフィール

出口 綾乃

アグリドットトーキョー編集部。東京農業大学4年。農業経営専攻。大学入学を機に農業と関わるようになりました。また1年次から農業サークルぽてとに参加しており、農業と関わりのある生活を送っています。サークル活動を通し、野菜作りや、農業関係者との繋がりがてでき、農業の面白さに気づきました。農業を通して仲間とゆるく楽しい時間を過ごせることが農業の良さだと感じています。

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