MARUGOTO REPORT 農業まるごとレポート

都市と調和するトマト農園(西東京市・ファーム柳沢)

ファーム柳沢はどのようにして生まれたのか

 ファーム柳沢は2014年に誕生した農園です。西武柳沢駅から徒歩5分ほどの所にあります。周囲は住宅に囲まれた場所で、おいしいトマトが栽培されています。ファーム柳沢は松本渉さんが31年務めた会社を退職して2014年に設立しました。松本さんは食品と化学に関わる素材メーカーで企業の農業参入の仕事に携わっており、就農前から農業と関わりがありました。しかし、福島県相馬市にあった候補地が震災で被災、プロジェクトの遂行が不可能となり農業参入をすることなく終わってしまいました。

 このように農業と関わりのある仕事をしつつも農業をできなかったということ、そして以前から農業をやりたいと考えていたこともあり、松本さんは脱サラして就農することを決意しました。奥様のご実家が農家であり、商業栽培をしていなかった10a弱の生産緑地を所有していたことから、これを活用してハウスを建てトマト栽培を始めたそうです。現在は松本さんと息子さん、ボランティアの2名、合わせて4名がこの農園で働いています。

 サラリーマンをやめて就農した松本さんですが、農作業は苦ではないと言います。松本さんご自身が茨城出身で農作業が身近であったうえに、自由に働けて好きなことができることも悪くないと考えているからです。一般的な新規就農の場合、イメージとのギャップがあり、やめてしまうケースも少なくありません。しかしながら、松本さんの様に幼少時代に農業のある生活を体験していると、そういったギャップを感じることなく農業を始めることができるのかもしれません。

住宅街に現れたトマトのハウス。軽量鉄骨ハウスで屋根・妻面には風雨雪に強く気候に左右されないフッ素系のフィルム(エフクリーン自然光)が使用されています。

ファーム柳沢のこだわり

 ファーム柳沢ではより多くの人においしいトマトを食べてもらえるよう、完熟して赤くなったトマトを消費者に届けることにしているそうです。また、薬や化学肥料の使用量も出来るだけ少なくすることで、安心安全なトマトづくりを心掛けているそうです。実際に採れたてのトマトをいただいてみると、今までに食べたことのないくらい濃いトマトの味を感じました。これは他の大産地では作ることのできない東京産のトマトの魅力です。

 また松本さんは、多くの人にファーム柳沢のトマトを知ってもらえるよう、いくつかの工夫を行っています。農園名には周りの人に慣れ親しんでもらえるように苗字ではなく地名を入れています。さらに、東京都チャレンジ農業支援事業の補助を受けパンフレットを作成する際はトマトのイメージがより良くなるように宝石をイメージした六角形のロゴをデザインしてもらったそうです。それぞれ小さな取り組みかもしれませんが、こうした細かな気遣いがファーム柳沢の信頼に繋がり、リピートしてトマト買ってもらう秘訣になるのかもしれません。

 都市で農業をしているため、農園を続けていくには地域の人に理解してもらうことが不可欠です。特にこの農園の販売先にJA東京みらいの直売所や学校給食があり、このような取り組みを通して地域の人に興味を持ってもらうことには大きな意味があると言えるでしょう。

東京産の完熟したトマト
パンフレットにはお洒落なロゴが使用されています。

松本さんが考えるこれからの農業の形

 農業と同様に昔からある老舗呉服店はなぜ今もあるのでしょうか。老舗呉服店は常に周りが何を求めているかを知り、積極的に取り入れて、常に新しいものを販売しています。これは農業も同様に必要な要素なのではないかと松本さんは考えています。

 この農園では中玉トマトのフルティカ、シンディスイートを栽培しています。フルティカは甘く皮が薄く食べやすいため、学校給食で人気です。完熟してから出荷していることもあり、青臭くなく食べやすいトマトだそうです。一方、シンディスイートは酸味もしっかりあり皮が硬めのためグリルでさらに美味しさが引き立つため、都内のレストランなどに卸しているそうです。作ったものを出荷するだけという古い考え方から脱却し、それぞれの顧客が求める用途に合わせて考えて品種を決めたり、作付面積を決めたりといった細かな作業が農業を長く続けることに繋がるのでしょう。

ファーム柳沢のこれから

 ファーム柳沢では機械制御・環境制御を取り入れたトマトハウスを導入しており、ハウスの面積は3aほどです。松本さんご自身は現在63歳であり、まもなく年金受給者となるため、自分一人で栽培するのであればこれ以上規模を拡大する必要はないと考えているそうです。しかし、息子さんが今後も農業を続けるならばあと3倍の面積が必要だと言います。もし、新たにハウスを建てるのであれば、生産緑地を新たに借りたり、ハウス建設費用がかかったりと、時間もお金もかかります。さらに、貸借した農地にハウスを建てた際に撤去を求められる可能性も生じるなど、新たなリスクも抱えることになります。

 そうした状況がわかった上でも、息子さんは農業をやってみたいと思っているそうです。これは、仕事としての農業に面白さを感じているということかもしれません。松本さんとお話していると、松本さんご自身が「自由に働いて様々な挑戦をしながらトマトを育てていく」という働き方を楽しんでいるように感じました。もちろん農業は楽な仕事ではありませんが、楽しんで働けるということは、農業を続けていく上で大切なポイントになってくるでしょう。そして、そのような楽しいという気持ちが消費者にも届くのかもしれません。

 松本さんはハウス拡大以外では、福祉や教育に関わっていきたいそうです。農園が住宅地にあることから、福祉や教育などで地域に貢献できるのではと考えているそうです。農業というと第二次産業面に目が行きがちですが、環境保全や防災など多くの機能を持っています。都市の小さい農地でも、こうした形であれば農業の多面的機能を活かすことができます。福祉や教育などの取り組みが人々の暮らしや考え方を少しずつ変え、農業のある暮らしの良さを知ってもらえると良いと思います。

 農業に正解はありません。今回の取材を通して「仕事としての農業を楽しむ」「農業の魅力(多様性)を引き出していく」という考え方に触れ、このような捉え方で農業をすると農業の面白さを感じながら働けるのかもしれないと思いました。そして現代の農業は変化し続けています。変化し多様性を発揮するこれからの農業に注目したいです。



ファーム柳沢 プロフィール

出口 綾乃

アグリドットトーキョー編集部。東京農業大学4年。農業経営専攻。大学入学を機に農業と関わるようになりました。また1年次から農業サークルぽてとに参加しており、農業と関わりのある生活を送っています。サークル活動を通し、野菜作りや、農業関係者との繋がりがてでき、農業の面白さに気づきました。農業を通して仲間とゆるく楽しい時間を過ごせることが農業の良さだと感じています。

レポートを見る

他のレポートRelated Report

出演依頼・お問い合わせはこちら