MARUGOTO REPORT 農業まるごとレポート

千変万化の篤農家(国立市・梨さとう園)

新型コロナウイルスの蔓延で世界中が混乱の渦に巻き込まれる中、日本、特に東京を中心とした首都圏では農業の価値が再認識されています。しかし農業の一般的なイメージとして、頑固で職人気質な方が多く、どこか閉鎖的な気風が漂う世界という印象を持つ方も多いのではないでしょうか。今回取材にご協力いただいた佐藤英明(さとうひであき)さんは、そのようなイメージとは正反対の、時代の変化に合わせた経営を心掛ける農家さんです。

「生産だけの都市農業に未来はないと思っています。」そう語る佐藤さんの瞳に、未来の農業はどう映っているのでしょうか。これから列島には夏が訪れます。そんな暑い季節よりなお熱い東京の梨園をご紹介します。

主力は贈答用の大きな梨!頼もしい市民ボランティアも協力。

「梨さとう園」は、谷保天満宮から徒歩5分程度の場所にあります。多摩川の河岸段丘(ハケ)を下りた先にあるこのエリアは、国立市内でも特に住宅と水田が点在する昔ながらの田園風景を色濃く残した地域です。佐藤さんは、代々受け継がれてきた農地に愛着があり、多くの人が関わり笑顔になれる農業という職業を魅力的に感じたことから、35歳で実家に就農したそうです。「せっかく農地と機械があるのに、農業をしないで手放すなんてもったいないですよ」爽やかな笑みを浮かべながら佐藤さんは語ります。

梨さとう園周辺の様子。灌漑用水路がいっぱいあります。元は梨畑も水田だったため、保水性に優れているそうです。

佐藤さんは果樹と野菜の複合経営をされていますが、その中でも主力となるのが、農園の名前にもあるようにやはり梨です。梨さとう園の梨は、贈答用として好評で、国立市はもちろん全国にお客様が存在する人気商品です。毎年、夏の終わりの収穫シーズンには、全国から沢山の注文が殺到し、直販であっという間に売り切れてしまうそうです。

東京都の品種「稲城」。(写真:佐藤さん提供) この地域の特徴的な品種ですが、栽培が難しいため、最近では生産している農家も少なくなっています。今シーズンは3月に起きた季節外れの降雪で着果が非常に悪いそうです。「最悪です。」佐藤さんは苦々しげにそう語りました。

また、梨さとう園は「梨園ボランティア」が活動していることでも有名です。梨さとう園で活動する「くにたち梨園ボランティア」は、今からちょうど20年前、まだ梨園が10軒ぐらいあった頃、梨の品評会を見た人が「国立でこんな梨ができるの?手伝ってみようか。」と思い立ったことをきっかけとして、国立市在住の市民3名から出発した団体だそうです。現在はメンバーも高齢化してきていますが、6名が在籍しており、作業の内容もどんどん高度化しています。常時雇用を行うことが難しい梨さとう園にとってはなくてはならない存在に成長したといいます。国立市の梨園ボランティアは、行政主導ではなく、市民の自発的な行動により発足した稀有な団体として注目されていて、栃木県、神奈川県などから視察、ヒアリングを受けることもあったといいます。少数精鋭のボランティアが集まるのは、佐藤さんの多くの人を惹きつけるお人柄の賜物だと実感させられます。

梨さとう園、内部の様子。天然のマルチとして一面にしかれている稲わらは息を飲む美しさです。

科学とデータに基づいたロジカル農業

佐藤さんのお話を伺っている中で一番印象深かったのは、「緻密な農業」です。どの業界でもそうですが、やはりベテランになって仕事に慣れてくると、「何となくこれくらい」「長年の勘」「昔からみんなやってるから」などと勘と経験に頼ってしまいがちです。しかし佐藤さんは植物生理や栽培技術に関する科学的知見をフルに活用しながら作業を行っています。佐藤さんの緻密さはそれだけに留まりません。自分の農園の経営状況の良し悪しを把握し、データ化することにより、検証・改善を繰り返しているのです。今回の取材では、農園での害虫の発生及び防除の状況と肥料の違いによる収穫物の成分の比較に関するデータを一部拝見させていただきました。「ただ単に甘いだの美味いだの言っても消費者には伝わりません。必ず根拠となる数字を用意することを心掛けています。また、無駄をなくして効率の良い経営をすることにもデータは重要だと考えています。」

資料を用いて取材にご対応いただく様子。根拠に基づく栽培・経営を重要視する
農家さんの一人です。

あえて「マイナー」な品種を選ぶことが活路

梨さとう園の目玉商品はもちろん梨ですが、その他にも梨園から少し離れた佐藤さんのご自宅の近くにある圃場で野菜や苺の栽培も行っています。

畑の様子。ナス、トマト、ソラマメ、ヤーコン、ソルゴーなどとバリエーション豊かです!

そのなかでも記者の目に留まったのは、「東京おひさまベリー」という東京都オリジナルの苺でした。「東京おひさまベリー」は、東京都農林総合研究センターが約20年の時間をかけて開発し、2019年に品種登録された露地栽培用の苺の新品種で、果実が大きく、光沢があり、果肉の中まで赤く、特有の香りがあります。その特徴から生食することはもちろん加工用としても期待されているといいます。

東京都の新品種「東京おひさまベリー」を取材の合間にごちそうしていただきました!

苺は屋内、つまりビニールハウスでの栽培が主流ですが、東京おひさまベリーは屋外向けに開発された品種ということで、梨さとう園では露地で栽培しています。梨さとう園では2020年に240株を作付けし、累計収穫量はなんと100㎏を超えているそうです。

東京おひさまベリーの株。
実が硬く、病気に強いのが特徴です。

梨さとう園では、野菜や苺に関しては、東京おひさまベリーのようにメジャーではない商品を作っているそうです。「市場や農協には出荷せずに、自ら価格設定できる新品種や市場では流通しない商品を選んで栽培しています。」 佐藤さんの栽培する農産物は、「しゅんかしゅんか」や「とれたの」といった直売所で販売されています。

取材後に「しゅんかしゅんか」に立ち寄り、最後の1パックを入手!

また、ナスやトマトでは「株売り」という販売方式を採用しています。株売りとは読んで字のごとく、株ごと収穫する権利を販売するというものです。栽培するのはもちろん佐藤さんですが、収穫時期になったら、ナス・トマトの株を購入した近くの住民の方が各々好きなタイミングで収穫しに来るそうです。「こうすることによって、収穫の手間が省けるのも利点ですね。」佐藤さんはそう語ります。

株売り用の作物の様子。利用者からの評判も上々だそうです。

このように佐藤さんは畑のそばに沢山の消費者がおり、販売に有利な都市農業の強みを最大限活かした経営をされていることがよくわかります。

未来の「消費者」を育成する

佐藤さんは必要に応じて変化することに対してこだわりを持ち、自身や農業界を取り巻く現状に対して敏感です。それには社会構造が変化していることが背景にあると言います。「近年、少子高齢化、人口減少社会が本格化して、それが国全体で問題視されています。つまり梨を口にしてくれる人がどんどん減りつつあるということですよね?それは我々が向き合っていかなければならない課題だと感じています。」そんな梨さとう園にはたくさんの方々が訪れます。小学校や中学校による職場体験の受け入れを始め、企業の農業体験、更には海を越えてはるばるソウルや香港からも学生がやってくるといいます。

多くの人々、中でも小中学生の受け入れを行うのは、給食に地場農産物を使用し、地産地消をアピールしていくだけの教育は大人のエゴであり、子供たちも教師も理解できないのではないかという考えからです。そのため、ただ食べてもらうのではなく、播種から収穫までの生産過程を一貫して体験してもらうことにより、地域の農産物に自然と愛着を持ってもらいたいと考えているそうです。彼らとの交流の中で、佐藤さんは社会構造の変化に加え、食の選択肢も変化していることにも気づいたといいます。「農園に来てくれた中学生に里芋をあげたことがありました。するとみんな里芋を食べたことがないと言うんですよ。このように近年では調理に手間がかかる食材が敬遠されているという現状を実感しました。こんな状況に晒されている中、未来の消費者を育てるという意識を農家が持たなければ、食べてくれる人が本当にいなくなりかねないので、教育普及は積極的に行っています。」

食の選択肢の変化はまた、梨さとう園にとって重要な経営課題でもあります。前述したように佐藤さんの栽培する梨は贈答用として購入されるお客様が主です。しかし、現在では若者を中心として人に物を贈る文化が希薄になっている流れがあり、いつまで贈答用の梨に需要があるのか、その販売方法の継続性を危ぶんでいるといいます。

梨の品種「秀玉」。(写真:佐藤さん提供)外出自粛で浮いた飲み会代で、普段はあまり口にしない物を食べてみるのもいいかもしれませんね。

親子二代、意識改革!

未来の消費者だけでなく未来の後継者や担い手について、佐藤さんはどう考えていらっしゃるのかということについてもお伺いしてみました。「後継者の育成なら20年以上続けていますよ。娘に小さいころから畑を手伝わせて、自分の畑はどこなのか教え、農業は魅力のある職業だと自分の背中で語ってきました。また、資材にかかる経費はいくらで、売り上げはどのくらいになるのか、きちんと教えて、無駄なことを削る・無くすという意識は養ってきたつもりです。」佐藤さんの娘さんは佐藤さんと同じく東京農業大学をご卒業後、現在は全農の職員としてご活躍されているといいます。「あまり手間のかからない食べ物として、カットフルーツに注目しています。なので娘には大学でポストハーベスト、つまり農産物の品質保持に関わる研究室へ入るように言いました。一番最初に生産から考えるのではなく、どんな商品がお客様に求められていて、その中で生産者はどう変化していくかという視点を持って欲しかったからです。」

(写真:佐藤さん提供)満開時期の梨さとう園の様子。

佐藤さんは、娘さんに、外の世界を見てきてから実家に帰ってきて就農してほしいとのご意向があります。ご自身も大学卒業後、就農するまでは企画広報の仕事に携わっていたそうです。そのおかげで外から農業を俯瞰して見たときに無駄な部分、できていない部分はたくさん見つかるといいます。前述の通り、国立市内には以前まで梨さとう園を含めて10軒近くの梨農家さんがいたそうですが、現在ではたったの2軒にまで減少してしまいました。そんな厳しい情勢の中、梨さとう園が存続しているのは、時代の波に合わせて変化を続け、常に視野を広く持とうとする姿勢が結果として表れているからではないでしょうか。

梨さとう園を知って、我々はどう変化するべきか

佐藤さんを始め、農業の世界では、情勢に応じて変化していこうとされている方々が大勢います。その中で、我々消費者、そして次代を担う若者、更に先を担う子供たちはどうしていくべきか、佐藤さんに伺ってみました。

「日本は飽食の国です。お金さえ払えば食べ物に困ることはありません。そしてまだ食べられる食品を、お金やエネルギーをかけて処分しています。しかし、海外に目を向ければ、未だ戦争や貧困に苦しむ人々が大勢います。食べ物があるということは当たり前ではなく、平和な世の中だからこそ受けられる恩恵であり、多くの人間の協力・時間・努力の上に成立していることを理解してほしいと思います。」佐藤さんはそう語ります。そのために「実学」つまり机の上で教科書とにらめっこしているだけではわからない、現場・実物を見て生産過程や多くの関係者の苦労を目の当たりにすることで、各々が何をしたいのか、何をするべきなのか行動しながら考えることが必要だと考えています。近年、国立市はもちろん、首都圏では宅地化が進んでいます。その影響で地域に代々根を下ろす農家さんの生産活動と新しく越してきた新住民との良好な関係をいかに築き共存していくかが、佐藤さんだけでなく、多くの都市農業を営む方々の目の前に課題として立ち塞がっています。最近では、種苗法改正案について、生産者側の「育種家の権利と農産物輸出を保護するために必要。」という声が、うまく消費者に伝わっていなかったことにより、議論が前に進んでいないという現状もあります。佐藤さんは、消費者と価値観を共有し、自分たちの仕事や考え方を広く一般に理解してもらう努力が必要ではないかと考えているそうです。

梨さとう園の外観。生産活動における、農薬散布や機械のエンジン音などは近隣のお住まいの方の迷惑となってしまう可能性もあるので、常に気をつかいながら作業しているそうです。

その中で、ファンやサポーターを獲得するために注力する佐藤さんは、農業のパイオニアと呼ぶにふさわしい人物です。また、消費者側も、自然に流れてくる情報だけを鵜呑みにするのではなく、実際に現場を訪れ、見て・触れて・話して・考える「実学」を少し意識することで、人生を豊かにするツールとして農業と触れ合うことができるのではないでしょうか。そういった生産者と消費者がお互いに理解しあう過程を経て、日本の農業がより良いものに発展していくことを切に願います。

梨さとう園 プロフィール

  • 住所:

    〒186-0011 国立市谷保5231-7

  • アクセス:

    JR南武線谷保駅より徒歩約10分

小林 子龍

東京農業大学農学部動物科学科所属。東京都出身。都内の農業系高校に通っていたことが農業に興味を持ったきっかけ。大学以外のコミュニティでも活動して視野を広げたいと考えぽてともっとに加わる。東京という畜産経営のハードルが高い環境下でどのように経営をしているのかを吸収し、発信していくことが目標。

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